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懐かしい場所。
大好きな場所。
「帰ってきた」と、思える場所。
私がそんな感情を抱くことができる「場所」、そのうちのひとつは紛れもなく「本」の中なのだな……と、最近はたと気づいた。
幼いころ、私は「メアリー・ポピンズ」のシリーズが大好きだった。もともとファンタジーの物語は好きだったのだけれど、メアリー・ポピンズはなかでもとくに、お気に入りだった。スチール製の棚のすみで、いつも待っていてくれるオレンジ色と黄色の背表紙。あの4冊の岩波少年文庫のたたずまいを、私は今でも鮮明に思い出すことができる(なおその図書館は少し前に改修されたので、その書棚を目にすることは、もう不可能であるのだが……)。
もっとも、いちばん最初に私が「メアリー・ポピンズ」を手に取ったのはその「スチール製の書棚」の図書館ではなく、通っていた小学校の図書室にてだった。全集のバージョンであったから表紙もオレンジ色の布張りで、なんだかとてもすてきに思えた記憶がある。
そんな思い出の「メアリー・ポピンズ」を、私は先日、ひさしぶりに再読した。懐かしい風景。懐かしいともだち。懐かしいことば、ひびきの数々。読んでいるうちに私はいつしか、あたたかなもので胸がいっぱいになっていた。「ああ、待っていてくれたんだね……」と思った。
ほんとうに、なにも変わってはいなかった。こちら側はいくらもようすは違っているし、歳だっていくつもとっているのに、それでも皆はそこで変わらず、あざやかに跳ねてくれていた。変わらないね。ほんとうに。(ちなみに、下記の引用は私の大好きなべつの本『すきまのおともだちたち』中の一節だ。まるっきり、この引用中の「私」と同じ気持ちになったので思わず引用……というわけである。)
このとき、私の頭のなかには、仕事も夫もありませんでした。拭いている途中だったテーブルのことさえ、どこか遠い他所の国、私がみていた長い長い夢のなかの物のようにしか、感じられませんでした。
『すきまのおともだちたち』P101: 江國 香織 (著), こみね ゆら (絵), 集英社文庫, 2008年5月25日
私はまたここに帰ってきた。
大切なのは、そのことだけでした。
もちろん、表紙の内ではなんにも変化しない、というわけではない。メアリー・ポピンズはある日突然やってくるし、去るのもそれはまた突然、風が変わってしまうまで。その結末から逃れることは、けっしてできない。ぜったいに、できない。……だけど。
また会いたければ、もういちど会いに来ればいい。もういちど最初の厚い表紙を、そっと捲ってみればいい。そうすれば、また会える。いつでも会える。
現実の世界はほんとうに容赦がないから、ときどき、どうしようもない気持ちに駆られることがある。止められない、止まらない。戻りたいのに戻れない。そんなもどかしさがいっぱいに絡まることだって、きっとこれからも幾度とある、のだと思う。
それでも今の私はようやく、なんだか大丈夫なのかも、とほんの少しだけなら思うことができるようになった(気がする)。なぜならこんなにも大切な世界を、私はちゃあんと持っているから。こんなにも変わってしまっているのに、そんなことは始めからなかったかのように、いつまでもそこへいてくれる。優しい仲間たちの存在を、私はちゃんと知っているのだから。
メアリー・ポピンズ。ジェイン、マイケル。ジョンとバーバラのかわいい双子に、桜町通りに姿をあらわすたくさんの愉快なともだちたち。それから今はまだいないけれど、この先アナベルも増えるんだったよね、たしか。
また、会いに来るね。それがいつになるのかは分からないけれど、きっと必ず。またくるからね。約束だよ。
それまで、お元気で。
Au revoir…
Books List:
『933 風にのってきたメアリー・ポピンズ(岩波 世界児童文学集7』
P. L. トラヴァース (作), 林 容吉 (訳), 岩波書店, 1993年5月10日
(※底本(原書):P. L. Travers: Mary Poppins, 1934)
『すきまのおともだちたち』
江國 香織 (著), こみね ゆら (絵), 集英社文庫, 2008年5月25日